2015年08月08日

《感想》暑さのせい?@8.02池袋の小三治さん

池袋演芸場
平成二十七年八月上席・昼の部
2015年08月02日(月) 12時30分開演

先日、書きましたが、
開演時間ギリギリに到着。
(そのおかげ?)待ち時間0(ゼロ)で入場!
まあ、待ち時間無しでも、席を選べないので、
味をしめて、今後、“ギリギリ”を狙うと、痛い目に遭いそうですが・・・。

座席は、B列1番。二列目、だけど左の一番端。
実際は、その左に、パイプ椅子がひとつ置いてあります。
池袋演芸場は、狭いので、端っこでも全然問題なし。
マイク無しで声が届く空間。
どこの席でも、聞こえにくいとか、観づらいと席はない、
と、私は思っています。
強いて言えば、最後尾の座席の後ろに置いてあるパイプ椅子。
正式な座席の後ろに柵があって、その後ろにパイプ椅子があります。そこに座ると、
(私の座高だと)柵の横バーがちょうど目の高さぐらいになる。
それくらい、かな。

開演時間の15分前から前座さんが高座に上がる。
小はぜサン(柳家はん治さんのお弟子さん)。
何度目だろうか。
何だか安心できる安定感を感じる。

柳家での前座噺「道灌」。
落語を聴きはじめたころは、この噺を聴いて面白いと思ったことが無かった。
でも、何時だったか寄席で、
小三治さんの「道灌」を聴いた。
面白かった、可笑しかった!
当たり前といえば、当たり前なんですが、
噺の面白さじゃなく、誰がしゃべるか。

“噺に慣れた”ってこともあるかもしれない。
“太田道灌”って言われても知らんし、
“張りまぜの屏風”の絵が、分からなかったり・・・
まあ、落語を聴いていればそんなことはあるんですがね。
でも、「金明竹」「寿限無」とかは、
日常的な風景として、分かりやすいから、
前座さんで聴いても、まあ、笑える。
文左衛門さんの「道灌」も聴いたことがるけど、
やっぱり、真打のやる「道灌」は、違いますね。

一番手は、こみちサン。
(小三治さんの弟子の燕路さんの弟子)
女性。結婚をしていて(落語芸術協会所属の漫才師、宮田昇)、
子持ちです。

ジャグリングのストレート松浦。
初めて? 名前は何度も見ているけど、代演だったりなんだかんだで、初めてだと思う。??でもないかな?

白酒さんは、お馴染み「真田小僧」。
寄席だと途中までなので“真田”の部分が出てこない。

金時さんは「青菜」。主任は小三治さんなのに・・・。
(トリが、小三治さんのなのに、「青菜」やるんや!
 って、何で私がドキドキするんや?
 ってか、何度も小三治さんで聴いているし・・・。
 でも、個性的なひとがやっていると、そんな気にはならない?
 というか、全然、小三治さんと関係ない落語会だと
 何も気にしせず聴いているけど、
 あとに小三治さんが控えているから? ・・・)

奇術の世津子さん。
相変わらずのほっこり手品。

歌武蔵さんの「宗論」は、初かな。
基督教ネタが多めでした。

はん治さん「粗忽長屋」。
(小三治さんのお弟子さん。前座名「小はぜ」)
こちらもよく聴きます。
小三治さんも「粗忽長屋」をやりますが、そんなことは気になりませんでした。
そういえば、この時点で、小三治さんのやる演目から
(「青菜」「粗忽長屋」が消えたってことだ。
 と、当日ではなく、これを書きながら思った)

漫才のロケット団。
最近の時事ネタを取り入れつつのいつものネタ。
でも、面白い。

仲トリは、正蔵さん「四段目」ですが、
先日、テレビで「私が土下座したい人実名告白」というので、
ヒロミさんと“こぶ平”さんのをやっていた。
ヒロミさんの方が年下だそうで、その番組の関係性によって、
正蔵さんが、ヒロミさんのことを呼ぶとき、
「ヒロミくん から ヒロミ氏 そして、ヒロミさん」になっていく
過程が可笑しい。
その番組によって、
いじられキャラ“こぶ平”が、確立されていったとか。
その辺のところを初めて知ったので、面白かったです。

寄席や落語会では、“正蔵”も、まあ、馴染んできているといえるでしょうけど、
テレビだと、なかなか“こぶ平”イメージが払拭できないところがありますかね。

それはイイとして、
トリの小三治さん、人間国宝などの話から、
真打昇進試験の思い出 などから、
「小三治さんのトリの時に、柳家ばっかり出ているから、もっと、他も出してやりな」というような事を小三治さんが言ってくれたので、私はこうして出ています)というような内容のことを話していた。
「それを聞いて、そうなのか!」って、合点がいった。
小三治さんが主任を務める寄席には何度も足を運んでいるが、
確かに、以前は、“柳家の会”(小さん一門)、
“小三治一門会”って感じの顔付けでした。
私は、それはそれで嬉しかった。
福治さんなんて、そんなときしか聴いたことが無い。

この日も、
桃月庵白酒(師匠・五街道雲助。金原亭)
三遊亭歌武蔵(師匠・三遊亭円歌)
林家正蔵(師匠・林家三平)
五明楼玉の輔(師匠・春風亭小朝)
私的には、顔付けされていて、得した気分になるメンバー。

これも、人間国宝の“後継者育成”の一貫でしょうか。

仲入り後(くいつき)は、
玉の輔さんの「宮戸川」(中程)。
ここからがイイところですが・・・お時間です

小里んさんの「へっつい幽霊」。
この時期の小里んサンは、この噺ってかんじです。
幽霊の動きが可笑しい。

紙切りは、正楽さん。
ハサミ試しで「線香花火」。
そして、お客さまあらのお題「打ち水」など、2ツ、3ツあがりました。
「打ち水」が出来上がったところで、
「こみちサン夫婦。落語芸術協会所属漫才師・・・・・・・・・」。
正楽さんも「はっ!」
続いて切るお題は、決まっていたはずなのに、割り込んできた。
ワケの分からないことを叫ばれて、正楽さんも、そっちに気を取られる。声をかけたのは、寄席でよく見かけるオジサン。何かイイお題を思いついたと思ったのかもしれないけど、
常連さんが、そんな割り込みはアカンでしょ。
結局、正楽さんは「男と女を切ればいいでしょ!」って
「子持ちの相合傘」を切ってました。
正楽さんも気を取り直して、
先ほど聞いたお題を切り始めるのでした。

まってました! 高田馬場!
小三治さんが、高座に上がる。
「暑いですねぇ」からはじまるのは、夏の恒例?
“トイレに閉じ込められ熱中症”の事件は、知りませんでした。

そんな話から、死亡つながりではないが、
文学座・加藤武氏が亡くなった話。
(7月31日に亡くなったそうです)
顔を見ると、知っているんだけど、
お名前だけでは、顔がぱっと浮かびませんでした。
訃報の連絡があったとき、一瞬、別の人の顔が思い浮かんだそうですが、その方は今も元気にラジオに出演中。
「あぃたっ! 舌 噛んじゃった」って感じではないですが、と、
物まねも・・・(笑)

“東京やなぎ句会”のメンバーでのあるので、
その会での旅行の思い出話をしてくれました。
扇橋さんや米朝さんも出てきたが、
「この方は故人、この人も故人」って・・・(苦笑)

演目は「千早ふる」。
ツイッターでも、つぶやかれていますが、
「そう、やくにんしゅう」
「百人一首だ!」
「あのイイ男がいましたよね」
「百人もいれば、そりゃ、いるなぁ」
「誰でしたっけ、知ってますか」
「知ってるよ、いるなぁ」
 (あれ? いつもより、やり取りが長い?)
すると・・・
「作者はともかく、歌なんですが・・・」
「歌は、覚えているんだなぁ」
「もう、耳にタコなもんで・・・」と進んでいく。
確かに、「歌」で展開していく噺なので、
「作者」が分からくても問題はない。
しかし、要所、要所で、
「作者は誰だったかな?」と入れてくる。
でも、出てこない。
これが、人(噺家さんやお客さん)と場所が違えば、
客席や楽屋からの“助け”がるのかもしれないが、
それぞれ、面白がっているのかもしれない(笑)。
結局、最後まで“在原業平(ありわら の なりひら)”は
思い出すことができず?
「“とは”は、彼女の本名だった」と頭を下げる・・・
(いま思えば、途中で思い出しても、「最後までこれでいこう」なんて、考えたりするのなかなぁ、ってなことも思ったりします)

すると、手で合図をして、太鼓と幕が閉まるのを止めて、
「さて、作者は誰だったのでしょうか?」
と、いうようなことを言って、頭を下げました。

私は、出口の側の一番端の席だったので、
早めにロビーの方へ出ていました。
すると、場内から歓声があがった!
どうも、
幕から小三治さんが顔を出して、
「在原業平でした」って、一言!

そんな、こんなで
ちょっと特別な「千早ふる」でした。

これも、暑さのせい?(笑)
終演は、16時40分頃。

そういえば、この日は私の誕生日でした。


ほなな
posted by たにぃも at 23:52| Comment(1) | TrackBack(0) | 小三治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
突然失礼します。この日、行ってました。私の目の前で突然、着物脱ぎながら、思い出したそうで、「業平でした」って。
9日、10日も行きます。死神が聞きたいんですけどね。小言念仏ですかね。
Posted by clap461 at 2015年08月10日 08:06
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