2011年12月21日

《感想》『月刊談笑12月号』別冊付録!!

立川談笑 月刊独演会『月刊談笑 12月号』
〜年末恒例! 大ネタスペシャル〜

〜20:43

大ネタ二席を終えた談笑さんは、いつものように洋服に着替えて登場。
聞き手の広瀬和生さんと並んで椅子に座る。


別冊付録『談笑に訊け!』

今日の演目は、立川流家元・談志さんの得意ネタ二席。
これは、家元が無くなる前に決まっていて、当然こんなタイミングになるなんて、思ってもみなかったわけで・・・。
でも、談笑さんが、
広瀬さんのチラッと見て「ホンとに、知らなかったんですか?」という表情。
(知ってるはずも無いのでしょうけど)

「いつもは、ネタについての話ですが、今回はこういうタイミングなので。
 談笑さんもアチコチで聴かれているとは思うのですが、その時どういう感じだったかお伺いしたいと思います。」と広瀬さん。

(そうですね、聴きたいです!)

「当日は、またデマかと思った」
11月23日の3カ月前くらいに、一度「談志が死んだ」というデマがあったそうで、火消しに回った。というのがあったので、今回もそうかと思った。という始まり。
正式ではないルートから早めに知って、
まだ、公式には発表しないでくださいといわれ、落語会をやったりしていたら、喬太郎さんから連絡があって、公表されたのを知った。
という、少し複雑な心境を語る。

家元の喉を切ったというのも、弟子には知らされていなかった。
とか
だんだん、立川談志から松岡克由にかえって行く感じがあった。
とか
でも、徐々に変わっていくところを見ていたので、ショックというより、来る時が来たという感じ。
だったそうです。


広瀬さんの「家元の言葉とか教え何かで、心に残っている事は?」という問いに

談笑さんは「オレの言うことを信じるな」
そして「オリジナリティ」

だから、家元から(DNA)半分。もう半分は「オリジナリティ」。

すると、広瀬さんが
「白鳥さん(当時、新潟)の落語を見て『何も考えてない奴よりは、ましだな』と言っていた」と。

広瀬さんが
「今回、家元が亡くなって、これで“落語”終わったとか、“落語”はどうなるかというようなことを誰も言わない。」
(一部、談志を認めない評論家は、ただ黙っているということもあるが。)
「それは、立川流だけではなく、その影響をいろんなひとがうけて、それを引き継ごうとしているから・・・」
と、言うようなことを言っていました。
(これは、堀井憲一郎さんの『視点・論点』「談志死して“落語”を残す」に通じる意見!)

広瀬さんが「江戸の風」について、『談志最後の落語論』の前書から、
家元は、「江戸の風」を感じる現存の落語家として、「9代目文楽・雲助・8代目圓蔵」の3人の名前を挙げています。

あと、前後するかもしれませんが、21日の司会は談笑さんがするそうです。
広瀬さん「これは、おかみさんに好かれているから?」
談笑さん「本当は順序としては違うんですけど。用もないのによく寄っていました。一人だと家元が気を使って話をするので、家族を連れて行っていました。」
(3月の震災の時もそうでした)


やっぱり、直に話が聞けるというのは嬉しいですね。

最後には、談笑さんが
「落語家に、喪はありませんので・・・」

最後に、三本締め!!!

終演21時24分
40分ほどの特別付録。とっても特別な付録をありがとうございました。
広瀬さん、談笑さん、ありがとうございました。
家元の残した“落語”に足を運びます。

(ザックリで、すみません!)


ほなな
posted by たにぃも at 01:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 落語もろもろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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